母の今際のきわに父が語りかけたこと
その後2週間、コロナ禍で1日30分に制限されていた面会時間に、私たちは楽しい思い出話を毎日一つずつ母に語りかけました。
帰り際に私はいつも「お母さんありがとうね」と声をかけるのですが、父は言わない。「照れるんね?」と聞くと、「いや、わしが感謝の言葉など言ったら、おっかあが『私はもうダメなんか』と思うけん、かわいそうでよう言えん」と。
代わりに何を話すかといえば、「わしゃあ11月に100歳になるけん、お祝いにご馳走でも喰おうか。わしゃハンバーグがええわい」って(笑)。私は知らなかったのですが、両親は近所のファミレスのハンバーグセットがお気に入りだったそうなのです。
そして6月13日、担当の先生の「夜までいてあげてください」という言葉に、私も覚悟しました。父はずっと黙っていましたが、夜9時過ぎになってすっくと立ちあがると、母の手を握り「おっかあ、あんたが女房で本当にええ人生じゃった。ありがとう」と。ああ、父もとうとう言った、と思って母のほうを見たら、目からひと筋涙が……。
その瞬間まで私は、母と別れたくないという気持ちでいっぱいだったんです。しかし父が「わしももうすぐ行くけん、ちょっと先に行って待っとってくれや」と言うのを聞いて、この2人にとって別れはちょっとの間なんだと。またすぐ会えるんだと思うと、幸せというか、穏やかな気持ちになれたんです。