父から足遣いを教わっている15歳の頃の勘十郎さん

勘十郎さんはその翌年、中学三年のとき簑助師に入門。吉田簑太郎となって、生涯の師弟関係を結ぶ。世に「師弟」ほど濃密な人間関係はないように思える。

──そうですね。去年引退されましたけど、54年間、師匠と過ごした時間は、家族の誰よりも長いですしね。

私が14歳で、「人形遣いやります」って言ったら、父がもう間髪を入れずに、「じゃあ簑助のところに行け」って。父は豪快な立役の人形遣いでしたけど、日ごろ私を見てて、これは優美な女方を遣う後輩に頼もう、と思ったんでしょうね。そのとき、父47歳、師匠が33歳でした。

父が師匠をうちに呼んで頼んでくれましてね、私は次の間に控えてました。名前はどうするかとなったら、「二、三呼ぶから返事せえ」と。それで簑のつく名をおっしゃるんで、「簑太郎」で返事したんです。師匠の最初の弟子やし、太郎がいいな、と思いましたんでね。