現在発売中の『婦人公論』8月9日号で、表紙を飾っていただいている石田ひかりさん。前回ご登場いただいたのは、長女を妊娠中だった2003年。実は、妊娠までの心境は複雑だったといいます。抱えた病気、そして命を授かった喜び溢れるインタビューを再掲します。現在発売中の8月9日号とあわせてお楽しみください。

父とは正反対の、穏やかで思いやりのある夫です

結婚は、自然な流れでした。結婚してもありのままの自分でいられると思ったし、新しい生活に踏み出すという気負いもなかったですね。住まいは関西に移りましたけれど、他は何も変わらなかった。父も母も大喜びで、話がトントン進んだときは、“縁”って、こういうものだと思いました。今まであんなに反対ばかりしていたのは何だったんだろう、と言いたくなりますけどね、まったく。(笑)

特に母は喜んでいました。結婚を後悔していますからね、父で。父はカミナリ親父で、実際にちゃぶ台をひっくり返すまではしませんが(笑)、変わり者。独特の訳のわからない哲学には、誰もついていけず、子どもの頃は困ることが多かったですね。おとなになった今は、距離を置いて楽しめるようになりました。お酒が好きで、毎日酔っぱらって帰ってくるし……母は苦労したと思います。

だから娘の結婚については母なりの理想や希望を強くいだいていたようです。そのとおりになった今、母は、「どうして私が、こういう人と巡り合わなかったんだろう」と言っています。私も父みたいな人はイヤだったから、運よくというか……。いやあ、ほんとに主人のような、穏やかでいい人に巡り合えてよかったです。母は本当に安心したみたいで、もう私に関してはまったく心配していませんね。今は姉のことでアタマがいっぱいみたい。(笑)

実際、彼の結婚してからのいい人ぶりは予想以上です。特に気がきく人ではないので、自分だけさっさとエレベーターから降りるし、お店に入るときにドアを押さえてくれるようなこともあまり……。でも「あなたがよければ、僕のことはどうでもいいから」という人です。本当に思いやりのある人で、日々、胸が熟くなります。

2ヵ月くらい家を空けるような仕事がきても、「僕のことは考えなくていいから」と言ってくれる。彼が不便を感じても、私が後ろめたくなるようなことを一切言わないので、かえって彼の優しさに気づくという感じです。彼の育った家庭が、わりと放任というか、自分で感じ取りなさいという教育方針だったみたいです。うちはガミガミ言われて、過干渉で育ってきましたけど(笑)、個人を尊重する家庭なんですね、あちらは。