父が初めて歌ってくれた「ハッピーバースデー」

元気になってきた父は、私が炊事をしている間、よくアレクサに話しかけている。大抵は、その時にテレビに映っている歌手や政治家の年齢を訊ねるのだが、今日は違う。

私が夕ご飯のおかずにサンマを買って来たのがうれしいらしく、父はご機嫌な声でアレクサに聞いた。

父のお気に入りのアレクサ

「アレクサ、森久美子の年齢は?」

答えなくてもいいのに、アレクサは律義に返事をしてくれる。

「66歳です。1956年に生まれました」

父は台所にいる私の方を向いて言った。

「お前、66なのか?」

「うん。まだ65だけど、もうすぐ66になるよ」

「そうか、誕生日にケーキを買ってやるよ。いつも世話になっているから」

父が、私に世話になっていると思ってくれているのを知り、感慨深かった。私は上機嫌でサンマに塩を振り、グリルに火を付けた。夕飯を食べながら父は、私の誕生日にケーキを買ってきてくれるようにと、義妹に頼んでくれた。

昨年まで、父と二人で食べるにはホールケーキは大きすぎるので、ショートケーキを2個買うだけだった。しかし、今年は、おじいちゃん思いの姪がシルバーウイークの休みを利用して関東から帰省している。久しぶりにロウソクを立てたホールケーキが、テーブルに用意された。

姪が選んでくれたバースデーケーキ

義妹と姪が選んだ白いケーキを囲み、昨年までバラバラに生活していた家族が、父を核にして繋がっている。祝ってもらっている私と同じくらい、きっと父も幸せを感じているはずだ。

姪がロウソクに火を付けると、父が小さな声で歌い出した。

「ハッピーバースデーツーユー、ハッピーバースデーツーユー……」

私はロウソクを吹き消し、父に言った。

「パパの歌を初めて聞いて、感激したよ。ありがとう。歌がうまいんだね」

父は得意げに微笑んだ。

「俺は、歌は下手じゃないよ。小学校の時、先生に頼まれて、学芸会で独唱したことがある」

どうやら、自分自慢大好きな父の本来の姿が戻ってきたようだ。

(つづく)

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