寂聴先生の接し方、渡辺先生の器の大きさ

ところが、パーティー会場で彼女を見るなり寂聴先生は、

「あら!***ちゃん、よく来てくれたわね」

と、まさに仏のような笑顔で迎えたのです。寂聴先生は世間から叩かれるような人ほど大好きで、殊更にやさしく接しました。私は、

「先生、なんで彼女にそんなにやさしくするんですか」

と当時はまったく理解出来ませんでした。

ところが私も還暦を過ぎた頃から、あの時の寂聴先生の気持ちがわかるようになってきたのです。叩かれるような人だからこそ面白い。

昔は「大っ嫌い」と思う人が世の中に掃いて捨てるほどいたのですが、最近は許容量が広がって、ほとんど誰とでも仲よくなれるようになりました。あまりに「いい人」になりすぎて怖いぐらいで、娘からも、

「ママなんて落とすの簡単だよ。『わー、ハヤシさん、会いたかったんですー』とかおだてられたらイチコロだもん」

と言われています。

渡辺淳一先生(2014年没、享年80)も、懐(ふところ)が非常に深いかたでした。ある時、渡辺先生にあからさまに取り入ろうとしている人がいました。

心配になって、「先生、あの人は絶対怪しいですよ、ヘンです」と忠告したところ、「もうこの年齢になったら、寄ってきてくれるだけで嬉しいんだよ」と微笑んでおっしゃいました。渡辺先生の器の大きさに触れるたびに、疑り深い自分が恥ずかしくなったものです。

※本稿は、『成熟スイッチ』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。


成熟スイッチ』(著:林真理子/講談社現代新書)

昨日とは少し違う自分になる「成熟スイッチ」はすぐそこにある――。ベストセラー『野心のすすめ』から9年、人気作家が成熟世代におくる待望の人生論新書。日大理事長就任、「老い」との近づき方など、自身の成熟の現在地を明かしながら、「人間関係の心得」「世間を渡る作法」ほか四つの成熟のテーマについて綴っていく。先輩・後輩世代とのつき合い方、自分の株が上がる「お礼」の方法、会話を面白くする「毒」の入れ方など、著者ならではの成熟テクニックが詰まった一冊!