単純明快ではない物事や人間の複雑さ

先に触れたように、単純明快ではない物事や人間の複雑さが『エルピス』の特徴なのだが、それは事件の被害者の設定にもあらわれている。

交際報道後に別れていた恵那と斎藤は再びつき合うことになるが、冤罪事件に対する立場で進む道が分かれ、別離。斎藤は局を退社してフリージャーナリストになる

ドラマで扱われる連続少女殺人事件の被害者の一人は、未成年ながら風俗で働いていた。

その事実が明らかになると、真相究明を求めうねり始めていた世論は一瞬で散り散りになり、世間は手の平返し。「可哀そうな被害者」から、「落ち度のあった被害者」へと見方が変わっていき、イロモノ扱いされ、おもちゃのようにネタとして消費されてしまう。

他の被害者遺族も、一度は真犯人究明のために立ち上がったものの、風俗で働いていた子と同じ事件の被害者だと思われたくない、と予定していた会見を中止する。

『死にそうだけど生きてます』(著:ヒオカ/CCCメディアハウス)

これは現実でもまさにそうで、世間は隙の無い可哀そうな被害者には同情するが、「見た目」「職業」「素行」などで平気で選別し見方を変えるのだ。

風俗で働いていて性被害に遭ったり、殺されたりしたらどこか被害者にも落ち度があったかのような意見が吹き出す。

えげつないことを書くと、見た目が綺麗で家族仲がよく、清廉潔白な被害者はどうしたって注目や理解を得やすく、逆に世間が思う被害者像から外れる要素があれば、関心を持たれないどころかバッシングされることすらある。

そんな世間を風刺するかのように、“わかりやすい”被害者像に当てはめなかったところも、このドラマのすごいところだ。