ある殺人事件を追った記者が、面会や往復書簡を交わしたのちに著した書籍、『母という呪縛 娘という牢獄』が話題になっています。事件は、2018年、滋賀県守山市にて発生。発見された両手、両足、頭部のない、体幹部だけの遺体に対し、死体損壊、死体遺棄などの容疑で逮捕されたのは、なんと殺された女性の「娘」。娘のあかり(31歳)は母・妙子(58歳、仮名)に国立大医学部への進学を強いられ、9年にわたって浪人生活を強制されるといった異様な親子関係を築いていたそう。最初の大学入試で不合格になった直後、母の“呪縛”からの脱出を試みた娘でしたが――。
灰色の霧が、「就職」の二文字で晴れて
携帯電話をチェックされ、毎晩母娘二人で入浴し、母の目の届く一階に勉強机を移して監視される生活は、囚人のような耐え難さだった。
その夜、あかりは布団の中である決意を固める。
ふと閃いた。なぜ私は進学をするのだろうか。受験勉強に励んでいるみんなみたいに、理由もないし、一心に頑張るなんてとてもできないのに、何で?
「当たり前」や「みんな」を取っ払って考えた。何で? 何で?
受験を終わらせたい。何で?
成績の良し悪しと母の機嫌を気にせずに生きてみたい。じゃあ、就職したほうが良くないか?
脳内に重く立ち込めていた灰色の霧が、「就職」の二文字で晴れた。現役での受験に区切りがつくと、行動に移すまでは時間はかからなかった。
通学途中で入手し、隠し持っていた無料求人誌を開く。寮完備。女性が活躍。未経験者大歓迎。どこでも働けそうな気がする。母が起きない早朝5時に携帯電話の目覚まし機能をセットして、目をつむる。眠れない。未経験者の私でも歓迎されて、活躍できて、寮で一人暮らし。夢みたい。眠れない。
まどろみがバイブで遮られる。そろりと起き上がり、制服に着替え、鞄には求人誌、携帯電話、化粧ポーチ、財布、ペンケース。音を立てずにドアを開け、脱走した。