(提供:『すみれの花、また咲く頃』)

私を見ればわかるはず

台本にはない台詞や動きを即興で演じるアドリブは、生の舞台の醍醐味だ。ふざけ過ぎてはいけないが、台本や演出を守りながらアドリブを考えることは、役者にとって勉強になる。

夢乃さんは、その場の空気感を観客と一緒に楽しみたくて、積極的にアドリブを取り入れていた。毎日違う演技をする彼女を見ようと、舞台袖には下級生たちが集まるようになった。

「まず自分が心から楽しんで、生き生きと舞台に立ちたかったから。下級生がそれを感じてくれたのは、嬉しかったですね」

そんな夢乃さんだから、素晴らしい持ち味があるのに表現しない下級生を見ると、「もっと個性的に生きたら?」と発破をかけたくなったという。

「お客様のためでもあるけど、それと同じくらい、自分の人生も盛り上がった方が楽しいじゃない?って」

それは、改まって教えることではなかった。同じ舞台で私の姿を見ればわかるでしょ、と思っていたという。その言葉を聞くと、毎日のお稽古で新しいアイディアを出し、汗だくで練習していた姿が思い出される。

厳しく注意した下級生に付き合い、居残ってお稽古をしたり、納得いくまで色々な方法で練習したり……。どんなに大変なお稽古でも、彼女はいつも楽しそうだった。

「プロだから、舞台に私情は持ち込まない」と、何があっても舞台上では嘘のない笑顔になった。長い公演は1ヶ月半もあり、どうしても感情的になってしまう日もある。それでも踏みとどまっていつも通り舞台に立つ、それが夢乃さんの心の強さだった。