「ひろみちゃん、オバQみたいで楽でいいよね」と枝元には言われている。オバケのQ太郎のあの白いところは、実は服で、脱ぎ着ができるのであり、クローゼットには同じ服がたくさん並んでいるんだそうだ。ほんとに、まるであたしがモデルみたいだ。

ああそれからもう一つ報告が。襟つきシャツを着出してから大きな変化があった。あたしはブラジャーを撤廃したのだ。

Tシャツを着ていたときはやっぱり胸が出て見えるのが気になって、ブラ、ほぼスポーツブラだったが、せずにはいられなかった。夏は暑くて堪らなかった。肩にも響いた。みしみしと来た。

ノーブラ、テストとして早稲田の授業でやってみたところ、誰にも何にも言われなかった。婆あの胸元なんて誰も見ない。そう思えるようになったってことは、つまり自分の自意識との闘いに勝ったってことだ。あ、ノーブラと思われたって、それがどうした、これも女の生きる道、ノーブラ主義者だ、悪いかと開き直ることが、めっちゃ気楽にやすやすとできるようになったということだ。

(画=一ノ関圭)

ここで思い出したことがある。喪服を持ってないと思っていたが、実は持ってた。紋付きの着物が箪笥の奥深くにしまってあった。二度目の結婚をするとき、母が何を考えたか買い揃えてくれたのだ。何を考えたかと今言ったが、母の考えたことくらいわかる。婚家に対して娘が、ひいては親が、恥ずかしくないようにと考えたのだ。無駄な散財と思ったけど、母にとっては必然だったんだろう。

まもなく姑が亡くなったが、そこは関西で喪服は東京で、しかもあたしは一人じゃ着物が着られなかった。それであたしはデパートに行ってワンピースの喪服を買ってきた。あの頃はまだオバQじゃなかったし、なりたての嫁だったから、あたしにも、ちゃんと喪服な喪服が必要だった。