変わる勇気が出ない時は、待っていればいい
今も、嘆きの殻から抜け出す勇気がわいてこない方。
急がなくても全然だいじょうぶですよ。
「勇気が出るまで、もうちょっと待ってみようか」。これでOK。
だいたい世の中、急ぎすぎてます。
「何かをなさなくちゃ」とか、「落ち込んだら、立ち直らなくちゃ」とかね。それはそれで正しいことなんだけれど、それにしたって最近は「今すぐに」って感じでしょう?
無茶ですよ。
私、思うんです。
「今すぐ立ち直った自分にならなくても、いいのに」って。
気が済むまで殻のなかに閉じこもっていていいし、泣きたいだけ泣けばいい。同じように大切な存在を亡くした人と、「なんでこんなにつらいんだろう」って、しみじみ語り合ってもいい。
変わるだけのエネルギーが出るまで、しばらく待っている。
その間、本気で苦しみ、つらさを味わった人だけが醸し出せる「深い味わい」が、きっと熟成されることでしょう。
人間の器は、そんな修羅場を乗り越えた人でないと、広がりませんから。
※本稿は、『駆け込み寺の庵主さん――心のモヤモヤ「供養」します』(双葉社)の一部を再編集したものです。
『駆け込み寺の庵主さん――心のモヤモヤ「供養」します』(著:松山 照紀/双葉社)
姫路の地で300余年続く尼僧庵・不徹寺。現住職の松山照紀さんは「駆け込み寺の庵主さん」として迷える女性たちを受け入れ、体を張って守ってきた。2匹の寺猫ともども傷ついた女性を癒やす庵主さんだが、その半生は激動の連続。学生結婚、シングルマザー、大病を経て看護師となった庵主さんは、なぜ不徹寺へと導かれたのか?そして不倫の恋やパートナーへのモヤモヤ、大切な人との別れなど、しんどい思いをどうとらえればラクに生きられるのか? 実体験に基づく禅の教えに、心がスッと晴れる「読む駆け込み寺」。