新鮮で安全、色とりどりの野菜が並ぶ

最後にやりたいこと

けっこう若い頃から、「世間体」と「社会的名誉」については手放し続けてきたように思います。そんなものにはまったく魅力を感じなかったので、いつもスッキリ切り捨てられた。

私がそういったものを求めないのは、22歳でラジオ局という小規模のメディアの世界に入り、さまざまな人を見てきたからだと思います。手にしたものもやがて変わっていくし、指の間からこぼれ落ちていく。そんな例を山ほど見て学べたのは、ある意味で有意義だったのかもしれません。

大事な人がもし困っていたら、できる限りのことをしたい。一方、自分の感覚からして、関係が希薄でいいと感じる相手とは、お互いの時間を浪費し合うことはないと思い、フェイドアウトすることもままあります。

物欲も金銭欲もさほどありませんが、この先もう一つやりたい活動があるので、もう少し頑張りたい。社会に適応できない人やなんらかの障がいがある人、声の小さい側の人が、オーガニック農業を通して正当な収入も得られる場をつくりたいのです。それを人生最後の活動にしたいと思っています。

以前の取材で、「毎年、元日に遺書を書き直している」というお話をさせていただきましたね。ええ、今年も書き直しました(笑)。変わらない習慣ですが、毎年、心の内側は変化しています。同じ自分であっても、こうした引っ越しがあったり、出会いが増えたり、人生を別の角度から見直すことにもなりますね。

この年になると、見送った人も増えてきます。その人のある瞬間の言葉や表情を突然、思い出すこともあって。生きている人はもちろん、尊敬する先達たちが遺してくれた言葉や「間(あわい)」のようなものも含めて、出会った人とのご縁を大事にしていきたいと考えています。