型板ガラスを雑貨にリメイクするpieni(ピエニ)の吉田智子さん・晋吾さんの二人が、Tさんの“想い出レター”を読んで感じたものとは――(撮影:永禮賢(ながれ・さとし)/『想い出の昭和型板ガラス ~消えゆくレトロガラスをめぐる24の物語~』より)
かつてどこの家でも、窓や建具に使われていた模様入りの「昭和型板ガラス」。模様のかわいらしさや、あまり生産されなくなったという稀少さから、最近ではSNSを通じてたびたび話題となっています。今回紹介するのは静岡県・Tさんの「昭和型板ガラス」の思い出について。型板ガラスを雑貨にリメイクするpieni(ピエニ)の吉田智子さん・晋吾さんの二人が、Tさんの“想い出レター”を読んで感じたものとは――。

銀河─静岡県・Tさんのエピソード 

40代半ばだった両親が店舗兼住宅を新築するとき、私は静岡の実家を離れ、東京の学校で寮生活を送っていました。

それでも毎週末には帰省しており、窓や建具に使う型板ガラスも選ばせてもらえました。当時はガラスの名前など知りませんでしたが。

引き戸が好みだった父が玄関の引き戸に選んだのは『石目』。

私が一番気に入ったのは『銀河』でした。

自分の部屋はもちろん、和洋折衷の玄関の窓にも『銀河』を選びました。

本当はすべて『銀河』にしたいくらいでしたが、工務店の勧めもあって水回りには『よぞら』を使うことになりました。

ガラスが入ってからはじめての帰省のとき、わくわくして玄関窓を見ると、なんと『よぞら』でした。

忙しくしていた両親は気づかなかったというのです。

悲しくてせつなくて、どうしても『銀河』に思い入れのある私は、やり直してもらえないかと涙ながらに頼みました。

どこで手違いが生じたのかはわかりませんが、なんとか交換してもらうことができました。

卒業して実家に戻り、2階から降りる階段の先に『銀河』を目にするたび、笑みがこぼれる私でした。