トウカイテイオーの偉大さ

「神話」とは、いまこの瞬間を生きる我々に、「どう生きるか」を諭してくれる、と先に述べた。トウカイテイオーが、度重なる苦難に何度も何度も立ち向かう姿は、私たちが歩くための道筋を照らしてくれる。

無敗でクラシック二冠を制した実績ならば、常に種牡馬入りも選択肢に入る。しかし、トウカイテイオーとその陣営は、調整を続けた二風谷(にぶだに)を吹く風のなかに、あるいは鹿児島の砂浜を照らす陽射しの中に、確証のない未来を信じ続けた。

我々は生きる中で、何度も困難にぶつかる。その度に人の縁に助けられ、メンターに導かれ、大切な存在に愛され、あるべき場所へと帰還する。そして、また新たな地へと旅立って行く。

トウカイテイオーの旅路は、螺旋階段のように繰り返される「英雄の旅」そのものであり、それはまた、私たちが自らの生を全うするために重要なものを教えてくれる。

1年ぶりの出走となった、93年の有馬記念。最後の直線、ビワハヤヒデに馬体を併せて競り落とす姿は、かつて無敗でクラシック二冠を制した時代の優美さや完璧さというよりも、執念と泥臭さの入り混じった、不屈の魂とも言うべき鈍い光を放っていた。

確かな熱を帯びたその光は、トウカイテイオーのもう一つの本質でもあり、それは私たちが困難や絶望から立ち上がろうとするときに、必ず芽生えるものでもある。

「色々なアクシデントがありましたからね…それを克服してね、本当に今までの中央競馬の常識を覆すね、本当に彼自身の勝利です。本当にすごい馬です」

騎乗した田原成貴騎手の勝利後のコメントが、トウカイテイオーの偉大さを物語っていた。

トウカイテイオーが歩んできた、「英雄の旅」。それはきっと、あなたが真に自分自身の人生を歩むときに起こることを、あますところなく教えてくれる。

(大嵜直人)

引用:『神話の力』(ジョーゼフ・キャンベル&ビル・モイヤーズ著、飛田茂雄訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫、2010年)より

※本稿は、『トウカイテイオー伝説 日本競馬の常識を覆した不屈の帝王』(星海社)の一部を再編集したものです。


トウカイテイオー伝説 日本競馬の常識を覆した不屈の帝王』(著:小川隆行・ウマフリ/星海社)

通算成績12戦9勝。成績だけを見ると父の七冠には及ばずも、3度の骨折を経験しながら復活を遂げた姿は、見るものに大きな感動を与えた。美しい流星と静かな瞳を持つ、この不屈の名馬が駆けぬけた栄光と挫折のドラマを振り返る。