『ダフニスとクローエ─ギリシア叙情詩によせて─』(1977年)
出産後、仕事をセーブしていた時代には、自作の詩にイラストを添えたイラストポエムを発表(『愛の秤』1977年より)

出産して、見えてきたこと

ところが女性向け漫画の金字塔ともいうべきこの作品は、大人気にもかかわらず、予定より早く打ち切られてしまう。それには、意外なことが影響していた。

――昔は、漫画の原稿は使い捨て感覚で扱われていました。たとえば予告カットに使うため、編集者が勝手に原稿の一部を切り抜いたりしていたんです。どれだけ原稿をなくされたかわかりません。ある作品は40ページも紛失されたため、単行本化するときに描き直すはめになって。その分の原稿料はナシですよ。そんな粗雑さが出版界にはありました。

しかも原稿料が安くてね。女性漫画家は男性と比べて一桁違ったらしいですよ。さらに当時、出版社による新人漫画家の囲い込みが始まっていました。わずかな専属料で拘束され、そこからの仕事はほとんど来ないのに、ほかでも仕事できない。生活が成り立たないがどうしたらいいのかと、なぜか私に同業者から相談が来たのです。それで内情がわかってきてね。

赤塚さんとちばてつやさんのプロダクションの方に相談したら、著作権に関する講習をしてくれることになりました。知り合いに声をかけて、私としては5、6人が聞きにくる程度だと思っていたのですが、蓋を開けると30人ほどの方がいらしたんです。

出版社は蜂の巣をつついたような大騒ぎだったらしいですよ。あちらは私が漫画家を集めて組合を作ると勘違いしていたようで。それ以降私ははじかれ者です。(笑)

でも、勉強会を開いたことは後悔していません。黙っていたら、そのままの状態が続くじゃないですか。誰かが何かをしなければ。