「宇野千代、87歳」(『九十歳、イキのいい毎日』より)
大正から昭和、平成と3つの時代を生き、98歳の長寿を全うするまで、現役作家として活躍した宇野千代。晩年まで仕事を続けて人生を前向きに歩んだ彼女の姿勢には、人生100年時代を生きる上でのヒントがたくさんあります。「陽気は美徳、陰気は悪徳」を信条にした暮らしとは――。

気持ちを伝える手段は手紙

去年の暮に、満90歳の年齢を迎えた私は、何とか健康を維持して、仕事を続けていられることを、とても有難いことと思っている。齢をとると、やはり体のことが第一である。

これでも、自分なりに、体には気をつけて暮している。無理をしないで、書きたいものを書き、ゆっくりした気分で、今年も愉しく過ごして行きたいものである。

こんなことを言っているが、ほんとうの私は、どうも、ちょっと違っていて、何か興味のあることがあると、すぐ、自分の年齢のことを忘れて、そのことの方へ、すぐ駆け出して行ってしまうのである。私は自分で自分のことを、駆け出しお千代などと冗談に言っている始末なのである。

今年も年賀状をたくさん貰ったが、それぞれの人の匂いがして愉しいものである。普段は忙しさにまぎれて、失礼しているのに、便りを貰うと、突然、いろんなことを思い出して、とても懐しい気がするから不思議なものである。

近頃は、何でも電話ですませるのが普通であるが、昔はちょっとしたことでも、すぐ手紙や葉書を書いて、相手に、そのときの自分の気持を伝えたりしたものである。好きな人には毎日毎日、ラブレターのようなものを書いたし、相手からもすぐ返事が来た。

すると私は、またすぐその返事を書いて、ポストへ走った。それが面倒ではなく、何とも言えない愉しいことであった。