私はしあわせ、昔もいまもこれからも…

私が若い頃暮していた馬込村には、文士がたくさん住んでいた。その頃、療養のために湯ヶ島の湯本館にいた梶井基次郎などからは、毎日のように手紙が来た。私はその手紙を持って、萩原朔太郎や川端康成などの家を、梶井さんが遊びに来ますよ、と言って知らせて廻ったりした。

電話のなかった頃の方が情緒があったような気もする。面白いもので、いま私のところに残っているその頃の葉書の便りなどを見ると、仲間同士の借金の頼みごとなども書いてある。

自分の書いたものは恥しいから、とっておいて貰いたくないが、その頃貰った手紙を見ると、その人との友情の深さまで思いやられるから、ほんとうに面白いものである。

私の作った好きな言葉はいろいろあるが、その中の一つに

「私はしあわせ、昔もいまもこれからも」

と言うのがあるが、誰でも、こんな気持で暮して欲しいと思っている。

『九十歳、イキのいい毎日』(著:宇野千代/中央公論新社)