今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『中森明菜 消えた歌姫』(西崎 伸彦著/文藝春秋)。評者は女優で作家の中江有里さんです。

多くの人の後押しでスターは存在できるのだ

メディアを席捲していた人がしばらく出なくなると「消えた」と言われる。

中森明菜は近年表舞台に出ていないが、数々のヒット曲、歌声、アバンギャルドなビジュアルは多くの人の記憶に刻まれている。

2022年、復活宣言をした後、いまだに姿を見せない中森明菜のこれまでを、ジャーナリストが周囲の証言から立ち上げた一冊。

明菜がデビューした1982年、『夜のヒットスタジオ』『ザ・ベストテン』などの人気音楽番組があった。小学生だったわたしも毎週必ず見て、翌日同級生と「XXの新曲がいい」「衣装が格好良かった」などと盛り上がったものだ。あの頃はみんなが同じ曲を歌えた時代。ヒット曲は人々の共通言語だった。

「スローモーション」でデビュー後、「少女A」「セカンド・ラブ」「1/2の神話」が次々にヒット。デビュー翌年にはレコードだけで67億円を売り上げた。優秀なスタッフ、作詞作曲家陣に恵まれた明菜は時代の寵児だった。徐々にアーティスト志向が強くなり、同期のアイドルとは一線を画した存在となったが、周囲との軋轢が生じ、理想に燃えるほど「敵」が増えていったという。

89年、明菜は恋人宅で自殺未遂する。同年末には金屏風会見が行われた。それでも明菜はメディアから消えなかったのに、一体いつから明菜はその姿を隠したのだろう?

順調に思えたデビュー当時、明菜がある「裏切り」にあっていたことが本書で明かされる。彼女が生み出す莫大な利益に狂ったのか、狂わされたのか、どちらにしても明菜が傷ついたのは間違いない。ほかにも足を引っ張り、明菜の表現の場を奪った人がいた。

スターであり続けるには多くの人の支えがいる。周囲に対して疑心暗鬼になった明菜の孤独はどれほどのものだったか。本書を読みながら、わたしはYouTubeにアップされている中森明菜のライブを流していた。あの歌声を、もう一度聴きたい。