プロモーションに1億円

とはいえ、1983年、アイドルとしてついにデビューを果たしました。デビュー曲は「STAR STORM」。アルバムも同時発売です。プロモーションに1億円かけてもらったんです。すごいでしょ? でも当時はバブルで、10億円ぐらいかけてもらってる人がざらにいた時代です。しかも83年はアイドル不作の年と言われていて。なぜかというと、その1、2年前にデビューした先輩たちがすごすぎて…松田聖子さん、松本伊代さん、石川秀美さん、小泉今日子さん、中森明菜さんなどなど、そうそうたる面々。テレビの歌番組は多かったけれど、もう先輩方で枠はいっぱいですよね。

「スターストーム」ジャケット(写真提供◎井上さん)

アイドルとしての歌は売れないから、ドラマや映画のちょい役やレポーターを務めたりして、歌の仕事は一切ありませんでした。事務所もクビになり、一応東京にはいましたが、不遇の3年間を過ごしていました。

だが、転機は突然訪れる。ある日、井上さんの友達が、スタジオジブリ初の長編アニメーション映画『天空の城ラピュタ』の主題歌「君をのせて」を歌う歌手のオーディションがあると教えてくれたのだ。すぐに井上さんはカセットテープに自分の歌を入れてデモテープを作り、持参した。それが1986年の6月。21歳の時だ。

宮崎駿監督と高畑勲さんが私の声を選んでくださって、7月初めにすぐにレコーディング。なにもかもがとんとん拍子でしたね。

でも私は『ラピュタ』のあらすじも知らされておらず、歌だけでオーディションを受けたので、完成試写会までどんな感じで流れるのか知らなかったんです。そして映画が始まり、ストーリーは進んでいくのに、私の歌が流れない。そのうち映画がエンディングに近づき、合唱団の子供たちのハーモニーが流れてきたんです。

またか…と思いましたね。私、いつもいいところまではいくんです。でも必ずといっていいほど、何かが邪魔する…。1番になれなくていつも2番…。今回もまたダメだった、呼ばれただけか、と思っていたら本当の最後の最後に、私が歌った「君をのせて」が流れ、画面には「井上杏美」と出ている。「ああ、やっと夢が叶った!」と安心したら、泣けてきました。