『となりのトトロ』との出会い

この『ラピュタ』のオーディションを受けたこと自体、そして受かったことは誰にも言っていませんでした。言ったらまたダメになりそうな気がして…。

あと一歩というときにダメになることが続いて、多分屈折してたんです。小学校のときからずっと歌っていて、「歌手になるんだよね」「いつなるの?」と言われて、『スター誕生!』のときも、みんなに「がんばってね!」と送り出されたのにダメで戻ってきて、高校2年の「加賀千代子」の時には東京の高校の編入がうまくいかなくてまた戻ってきた。そのときは露骨ないじめにも遭ったんです。みんなにサインまでして、ダメで帰ってきてるから何も言えなくて…。もう自分がうまくいくことが信じられなくなっていたんですね。

宮崎駿さんが次に『となりのトトロ』という映画を製作されることがわかったときは自分から「参加させてください」と申し出ました。それで主題歌の「となりのトトロ」や「オープニングテーマ」の「さんぽ」も歌わせていただくことになり、子どもにも読めるように、芸名の漢字の「杏美」はひらがなの「あずみ」に変えました。

これほどいい楽曲に恵まれて、歌手としての夢を果たしたかに見えたが、当時の井上さんは、まだ歌手一本ではやっていけず、アルバイトをしていたという。

アイドル時代(写真提供◎井上さん)

『ラピュタ』も『トトロ』も映画が公開されている間は流れるけれど、その後は忘れられてしまう。私が歌っていることもあまり知られることがなく、歌手としてのお仕事はなかなか続かずで、入力作業の仕事や夏の茅ヶ崎でイベントの裏方スタッフなどをしながら生活していました。歌手一本でやっていけるようになったのは、『魔女の宅急便』のヴォーカルアルバムで歌わせていただいたころから。食べていけるようにはなったものの、歌手として有名になれたかというとあと一歩です。