夫は自分で「引退」の答えを出した
渦中の夫は、いつもはほとんど使うことのなかった和室にこもったまま、自身の進退を悩みに悩んでいた。時々聞こえてくる声は心配で電話を下さる先輩方や友人に気丈に挨拶していたようで、誰かに相談しているふうではなかった。
食事の時以外ずっと部屋にこもっていた夫も、3日目くらいに無精髭をうっすら生やした仙人のように部屋から出てきて、私にあらたまって「巨人で野球を引退しようと思うけど、いいか?」と言った。
あとから聞いたのだが、誰にも相談することなく一人で悩んでいたなか、大阪の父に電話した時ひとこと「15年もやってきて十分頑張ったんやないか。いい思いもさせてもらった。ありがとう」と言われたことが、夫が引退を決意するきっかけになったらしい。
義父は決して何かを勧めたわけでなく、ただ息子に感謝の気持ちで労ったということだ。
そして夫は自分で答えを出した。
なので「いいか?」と訊いているけれど、それは私に意見を訊ねているようには聞こえなかった。
いや、いいも何も。
彼がずっと携わってきた彼自身の野球人生の話。ここ最近家族になったばかりの私が、辞めないでだの辞めろだの言えることでないと思った。
なので、わりとあっさりと「お疲れ様でした」と返したような気がする。先のことなんか全く考えず…今考えるとちょっと怖いんだが。