イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。Webオリジナルでお送りする40.5回は「夏の終わりと黄金の犬」。すっかり秋になった英国に訪れた、絶好の散策日和。連合いと並んで小道を進んでいると、予期せぬ出来事に遭遇して――。

キャンプサイトを歩いていたら

灼熱の日本から戻ると、9月初旬の英国はすっかり秋だった。この季節の英国は散歩にちょうどいい。暑くも寒くもなく、樹木や芝生は鮮やかな緑色をまだ保っている。夏のあいだ、花粉症に苦しめられるわたしのような人間は、一気に外を歩きたくなる時期である。

そんなわけで、最近は体の調子がいい連合いを伴い、近場の公園やキャンプサイトなどを散歩するようになり、たまには近隣の州(日本で言ったら県みたいなもの)にまで足を延ばすようになったのだが、先日はケント州のキャンプサイトに行ってきた。

それは絶好の散策日和だった。爽やかな日差しに木々の葉が輝き、花々が風に揺れている。英国の田舎って、きれいな時期は浮世離れしているほど美しいのだ。とりあえず、その絵画的な風景の中をパブまで歩こうという話になり、連合いと並んで小道を進んでいたときだった。どこからともなく小型のゴールデンレトリバーが近づいてきた。そして、われわれに向かって激しく吠え始めたのである。声に反応するようにぞろぞろほかの犬たちも現れた。ボクサーもいればシェパードも、ビーグルもいる。たぶん20匹以上はいたと思う。その後ろから、今度は子どもたちが出てきた。

「ここから出ていけ!」
と口々に叫んでいる。彼らの一番後ろから現れた、リーダーとおぼしき、まだ10歳にもならないだろう少年が大声で言った。

「ここは私道だ。勝手に入るな」

「でも、地図には公道と書いてあるから、ここは公道でしょ」
とわたしが答えると少年は言った。

「地図なんか信じる人間はバカだ」