「私が踏切の名前に興味を持ち始めたのはだいぶ以前のことで、東京都八王子市内にあるJR中央線の『裁判所踏切』との出会いがきっかけかもしれない」(写真:本社写真部)
初めて訪れる場所や旅行、災害時に地図は欠かせません。現代ではGoogleマップが主流ですが、「地図」と一口に言っても、さまざまな種類があります。小学生の頃に地図に魅了されて以降、半世紀をかけて古今東西の地図や時刻表、旅行ガイドブックなどを集めてきた地図研究家の今尾恵介さん。その今尾さんいわく、駅名や停留所名のように踏切にも名前があるそうで――。

「裁判所踏切」との出会いがきっかけ

鉄道の踏切に名前が付いていることをご存じだろうか。そんなの当たり前じゃないか、という人はかなりその筋に詳しい人かもしれない。

というのも、踏切名の取材のために現地へ赴き、近所にお住まいの人に話を聞いても「踏切に名前なんてあったの?」という反応があまりに多かったからだ。

私が踏切の名前に興味を持ち始めたのはだいぶ以前のことで、東京都八王子市内にあるJR中央線の「裁判所踏切」との出会いがきっかけかもしれない。この踏切名の何が問題かといえば、近くに裁判所など存在しないことだ。

当時は八王子で裁判所といえば、京王八王子駅にほど近い明神町(みょうじんちょう)の東京地方裁判所八王子支部しかなかった(現在は移転して立川支部)。

この謎の踏切に出会った時は、近くに地裁とは別のたとえば簡易裁判所でもあるのかと思って地図で探したが見つからない。そこで戦前の地形図を見ると、踏切の道を南にたどった場所に裁判所の記号があるので、踏切が設置された時点では存在したのだろうと理解した。

調べてみると裁判所は明治30(1897)年の八王子大火を機に市街地から踏切の南にある台町(だいまち)に移転したのだそうだ。戦前の図で桑畑に囲まれた場所にあるのもそれで納得できる。

裁判所踏切の先に裁判所があった頃の地図。2 万5000分の1 「八王子」昭和5 年鉄道補入