忘年会を楽しめていたラッキーな事情

その会社は酒類メーカーでした。普段から9時10時、下手をすれば深夜帯まで及ぶ残業は当たり前でしたから、皆が定時で一斉に仕事を終える口実ともなる忘年会の日は、却って羽を伸ばせる機会でもありました。

店選びは、様々な飲食店を知り尽くした営業マンたちの役割でした。彼らは、この機会に恩を売っておきたい担当の人気店や実力店からさらに、参加者たちが「いい店だった」と大満足しそうな店を、プライドをかけてチョイスしてくれました。

『お客さん物語:飲食店の舞台裏と料理人の本音』(著:稲田俊輔/新潮社)

そんな営業マンたちを中心に、社員の多くは「飲みの席で周りの人々を楽しませる」ことにかけてはエキスパートと言ってもよく、またそれを自らが楽しんでもいました。そこにもまたプライドがあったと思います。

だから僕は「上司や先輩に酒を注ぎ回る」という、ペーペーの若手社員に課せられた面倒な使命すらも、それなりに楽しめていました。

そもそもお店は得意先ですから、傍若無人な振る舞いなど許されるはずもありませんでした。全員がマナーを守って綺麗に飲むことは、至上命題でもあったのです。