稲田さん「本当はもっとやれることがあったのではないか」(写真提供:Photo AC)
新型コロナウイルスが蔓延して以降、私たちの生活が大きく変化したように、飲食業界にも様々な影響がありました。そのようななか「レストランは物語の宝庫だ。そこには様々な人々が集い、日夜濃厚なドラマを繰り広げている」と語るのは、人気の南インド料理店「エリックサウス」総料理長、稲田俊輔さん。稲田さんが、失われた忘年会の習慣について「本当はもっとやれることがあったのではないか」と語る理由とは――。

「そうしなければいけないものなのだ」という強烈な刷り込み

僕が会社勤めをしていたのは1990年代。その頃は毎年12月になると忘年会ラッシュが始まりました。チームの忘年会、課の忘年会、部の忘年会、そして支店全体の大忘年会、その他にもなんだかんだと理由をこじつけて、それは何度も開催されました。

ただでさえ仕事が年末進行で忙しい最中に、誰もが死に物狂いでスケジュールを調整し、律儀に参加していました。場合によっては、それが11月に繰り上げられることすらありました。

それすらかなわない時は、仕方なく年明けに新年会として繰り越されました。なぜ「仕方なく」かと言うと、忘年会と同じメンバーによって、改めて新年会が催されることも決して少なくなかったからです。

忘年会から新年会への単なる繰越は、2回あったかもしれないチャンスが1回にまとめられてしまうという「機会損失」でもあったのです。

なぜこのような狂乱が繰り広げられていたのか。そこには先ず、「そうしなければいけないものなのだ」という強烈な刷り込みがあったのは確かです。バレンタインデーにはチョコを買い、クリスマスにはケーキを食べるのと同じです。

いちいち参加するのは面倒だし、会社負担でなければ少なからぬ出費が伴うし、上司や先輩に気を遣いながら飲むのは面白くない、そういうネガティブな気持ちが無かったわけではありません。

しかし少なくとも僕自身は、楽しむ気分の方が常に勝っていた記憶もあります。ただしそこには、当時勤めていた会社ならではのラッキーな事情もありました。