演劇の世界で時代を切り拓き、第一線を走り続ける名優たち。その人生に訪れた「3つの転機」とは――。半世紀にわたり彼らの仕事を見つめ、綴ってきた、エッセイストの関容子が聞く。第22回は2023年、重要無形文化財「歌舞伎脇役」の保持者として各個認定された(人間国宝)、歌舞伎役者の中村歌六さん。三代目時蔵さんに初孫として大変可愛がられていたという歌六さん。前代未聞の初舞台だったそうで――(撮影:岡本隆史)
焼きそばにもやしを入れた途端に
芸域の広さは現在の歌舞伎界で一番かもしれない。『伊賀越道中双六』「沼津」の老雲助・平作、『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』「熊谷陣屋」の弥陀六(みだろく)実は弥平兵衛宗清(やへいびょうえむねきよ)、といった老け役をつとめたかと思えば、『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ』では八ツ橋花魁の情夫・栄之丞という超二枚目、『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』では弾正妹八汐という悪役の女形まで。
その歌六さんがこの7月、人間国宝(重要無形文化財保持者)に「脇役」として認定された。
しかしその直後、9月の歌舞伎座でつとめた『祇園祭礼信仰記』「金閣寺」の松永大膳役は、国崩しと言われる立派な座頭役者の役どころ。「布団の上の極楽攻め、声張り上げて歌え、歌え~」と、ご子息米吉さんの雪姫に向かって、心地よさそうに主役の声を張り上げていた。
――ありがたいことでした。その電話が入った時はソース焼きそばにもやしを入れた途端、というのが有名な話になっちゃって(笑)。夜でしたからかみさんも息子2人も揃ってました。電話の途中で察知したらしくて、3人がちょっと泣き始めたんです。
電話切った途端に「ウワーッ」って、瞬間湯沸器みたいに熱い涙を振りまいて泣いたんでびっくりしました。僕は泣きませんでしたけどね、もやし気になってたし。(笑)