商品に思いを込めているのは、農業だけではない

「農業は大変だから、お米や野菜は大切に食べてほしい」という人もいるが、「自動車を作るのは大変だから大事に乗ってほしい」とは言わない。商品に思いを込めているのは、農業だけではない。

そもそも、プロの農家は機械で作業をしているのに、子どもたちに手作業をさせて「農業が大変だ」というのは、やはり変だろう。

農学部の学生にとって、手で植えることにどのような意味があるのだろう。

時代は移り、最近は、自動車の自動運転が実用化しつつあるが、田植機も今では自動運転が可能になった。田んぼの位置情報を記録させれば、操作をしなくても自動で田植えをしていくのである。

大学によっては、田植え実習は、「自動運転する田植機に乗るだけ」というところもあるらしい。それが最新の状況である。

農学部の学生にとって、手で植えることにどのような意味があるのだろうか(写真提供:Photo AC)

※本稿は、『雑草学のセンセイは「みちくさ研究家」』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。


雑草学のセンセイは「みちくさ研究家」』(著:稲垣栄洋/中央公論新社)

<書籍情報>
田んぼさえ見たことがないイマドキの若者を相手に悪戦苦闘する教授にも、オヒシバとメヒシバの違いさえわからなかった学生時代があった。「お前は破門だ!」と言われながらも“雑草戦略”で生き抜いてきた過去の記憶と、「教えない先生」として学生の成長を見守る現在が交錯する。ベストセラー作家でもある「みちくさ研究家」がつづる、雑草学研究室の青春譜。 人生で大切な“草”知識、雑草レベルの繁殖力でボーボー育ちます。