もう勝負の世界はいい 充分やったよ
18歳で入門し、40歳までの22年あまり土俵に上がり続けて、今年7月の名古屋場所で引退を決めました。現役生活の終盤は「もう少し続けたい」という思いと、「いい加減、さっさと辞めたいな」という気持ちと、両方あったような気がします。
思い起こせば、2004年の膝の大ケガ以来、何度もケガを乗り越えてきました。3年前にはアキレス腱断裂という大ケガで手術しましたが、休場を続けると番付が落ちてしまうので、出場するという選択しかなかった。妻の支えもあって、なんとか幕内に復帰したものの、「今度またケガをしたら、もう先はないよ」「そうだね。あなたに任せます」と、夫婦の間で話はしていたんです。
そんななかでの、先の名古屋場所の2日目。関取最年少の竜虎相手に古傷を痛め、車いすで運ばれることになってしまいました。膝にたまった血を注射器3本分抜き、アイシングして体も動かして。その時は、「中日くらいには再出場できるかな」と、また土俵に戻ることしか考えていませんでした。
でも、今までだったら「無理してでも出るぞ」「出りゃ、どうにかなるだろう」と思えていたのに、今回ばかりは何日経っても、なかなか「出ます」と言えなかった。ああ、もう潮時なんだな、と思いました。引退を考えていることを師匠(伊勢ヶ濱親方)に伝えたら、「勝敗に関係なく、もう1回だけ土俵に立ったらどうか」と言ってくださいました。
ケガをした相撲が最後の一番だと、「もう一度土俵に上がりたかったな」と引退後に後悔するかもしれない、と僕の気持ちを考えてくれての言葉。ありがたくて一晩考えたのですが、朝になっても、気持ちは変わらなかった。今までと違って、体が乗り気じゃないというか、無意識のうちに体が「もう勝負の世界はいい、充分やったよ」と言っているように思えたんです。
不思議なもので、引退を決めたのに、しみじみ泣いたりメソメソするようなこともなく、淡々としていました。引退直後の9月場所は、花道の警備をしながら土俵を見ていましたが、「僕もあそこに立っていたんだ……」といった郷愁や感慨がまったく湧かないんですよ(笑)。ものごとの終わりって、案外こういうものなのかもしれません。