演劇の世界で時代を切り拓き、第一線を走り続ける名優たち。その人生に訪れた「3つの転機」とは――。半世紀にわたり彼らの仕事を見つめ、綴ってきた、エッセイストの関容子が訊く。第49回はダンサーの田中泯さん。大学を中退し、クラシックバレエとモダンダンスを習い始めたという田中さん。そこから、「身」一つになってどこででも踊るスタイルに行きついた理由は――。(撮影:岡本隆史)
八王子の神社で盆踊りに出合って
〈名付けようのない踊り〉を踊るユニークなダンサーであり、2002年には57歳にして『たそがれ清兵衛』で映画初出演。一作で名優の域に達してしまった不思議なアーティスト。
大ヒット中の映画『国宝』で、田中泯さん演じる女形の小野川万菊の圧倒的な存在が大画面を制圧した。映画の話題に心は逸るが、まずはその生い立ちから。
――敗戦の年(1945年)の3月10日、東京大空襲の日に僕は生まれました。その頃は中野にいて、家は焼けなかったんですが、警察官で桜田門に勤務していた父は、一週間くらい家に帰って来られなかった。
大勢の人が隅田川に飛び込み、川にいっぱい死体があるというんで、父は向島の言問橋あたりまで行っていたんです。その話は母親からもさんざん聞かされてきたので、もう自分で見たかのような3月10日が頭の中にできちゃってます。
父親が帰ってきて僕を見たら、片手にポンと乗っかるくらい小さくて――つまり未熟児ですよね。母親は牛乳だのレバーだので一生懸命僕を大きくしようとしましたが、中学を出るくらいまでは、クラスで一番背が小さくて。
でも高校一年の終わりぐらいから急に伸びだして、長身になりました。体を心配した母親が僕にバスケットボールをやらせたのも、だんだん大きくなったきっかけだったと思うけど、僕はスポーツの世界にはどうしても馴染めませんでしたね。