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ライター・しろぼしマーサさんは、企業向けの業界新聞社で記者として38年間勤務しながら家族の看護・介護を務めてきました。その辛い時期、心の支えになったのが大相撲観戦だったと言います。家族を見送った今、70代一人暮らしの日々を綴ります。

リオデジャネイロで大ピンチ

私の方向音痴は、道だけでなく、建物内でも発揮され、国内海外を問わず、ホテルに泊まると自分の部屋に戻れず、苦労した経験が何度もある。

人生で最大の方向音痴の危機といえるのが、国際線と国内線が発着するリオデジャネイロ国際空港で乗る飛行機が分からず、空港内を爆走した時だ。私は当時42歳だった。

ブラジルで日本の有名な演奏家たちによる演奏会や日本が誇る陶芸家たちの展覧会などが開催され、私は取材に行った。7日間の取材を終えて、1人で日本に帰ることになった。

リオデジャネイロ国際空港で、飛行機に載せるスーツケースは預け、搭乗の手続きはスムーズにすんだ。出発時間は22時20分。約1時間のフライトの後、サンパウロの空港で深夜1時10分発の日本行きの飛行機に乗り換える計画で、日本の旅行会社が予約をしてくれていた。