歌手、俳優の美輪明宏さんがみなさんの心を照らす、とっておきのメッセージと書をお贈りする『婦人公論』に好評連載中「美輪明宏のごきげんレッスン」。3月号の書は「舌つづみ」です。

この世で最もおいしい食べ物

先日、私は生まれてこの方、いったい何回食事をとったのだろうかと、埒もない考えが頭に浮かびました。

90年間、数えきれないほど食事をして、贅沢なご馳走を楽しんだこともありますし、山海の珍味に舌つづみを打ったこともあります。でも、一番忘れられないのは、若い頃にある人が作ってくれた料理です。

音楽学校で学ぶために上京したものの、実家が破産し、食うや食わずやの生活に。住み込みで働いていた店の主人に襲われそうになって逃げ出し、キャバレーのドアボーイになったけれどクビになり――。

食い詰めて何日も食べ物を口にできず、最後の望みの綱と思って訪ねた知り合いの大学生の下宿で、私は気を失い、丸2日間、熱を出して眠り続けてしまいました。