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英文学のみならず、思考、日本語論などさまざまな分野で活躍されてきた、評論家、エッセイストの外山滋比古さん。著書には、およそ40年にわたりベストセラーとして読み継がれている『新版 思考の整理学』などがあり、2020年7月30日に96歳で逝去されました。そこで今回は、外山さんの著書『乱読・乱談のセレンディピティ』から一部を抜粋し、外山さんの「思いがけないことを発見するための読書術」をお届けします。

聴く知性とは

人間のことばはもともとは、読んだり書いたりするものではなかったのである。まず、しゃべることから始まる。

はじめは相手を考えずにことばを発することもあって、しゃべるというより、ひとりごとに近いことばである。

やがて、相手とことばをかわす会話が始まる。さらに学校へ行って教わるのではなく、生活の中で自然に話しの仕方を覚える。その段階でのことばは、おもしろく、たのしく、頭のはたらきをよくしてくれる自然な活動であることが明らかになる。

そこで、リテラシイがもち込まれる。リテラシイは声がない。あっても二次的である。おしゃべりとは頭のはたらきもまったく異なる。リテラシイにはなにより記憶がものを言うから、もの覚えのいいのが良い頭だとされる。

どれくらい覚えているか、学校ではときどき試験をしてチェックする。頭がよくても、忘れやすいのは劣った頭であるとされる。みなが忘れるのを怖れ、博覧強記をあこがれ、つまらぬことはどんどん忘れる創造的頭脳を劣等なりとした。近代教育の落とし穴である。