60歳を過ぎた木綿子は父の介護と引きこもりの娘の世話に日々追われている。不幸ではないが、いろんなものを諦めてきた人生だった。けれど、ひょんなことから知り合った2歳年下の男と出逢う。二人は互いに惹かれていくが……。遠田潤子さんが描く、静謐で過激な大人の恋愛小説。ぜひお楽しみください。


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「記録3」
 
 朗読劇はうちの使っていない蔵を開放して行うことになっていた。
 稽古場も同じ場所だ。初めての朗読劇の練習日、麻子ちゃんは山際木綿子に連れられてやってきた。麻子ちゃんは酷く緊張して今にも倒れそうで、懸命に木綿子が励ましていた。微笑ましくはなくただただ痛々しい光景だった。
 二人はよく似ていた。俺は麻子ちゃんの顔をまじまじと見てしまった。木綿子の若い頃はこんなふうだったのか、と居心地の悪い感慨がある。決して美人ではないが、ときどきなにかを堪えたような苦しげな表情をするところが印象的だ。
 麻子ちゃんを見ていて、木綿子と若い頃に知り合えていたらと残酷な想像をしてしまったのは事実だ。もし三十代で出会っていたなら、俺も彼女ももっと美しい時間を過ごせただろう。だが、そんな想像が卑劣な願望であることはわかっている。俺が好きになったのは若くもなく美しくもない木綿子だ。もし、を望むのは彼女への侮辱だ。