朗読劇が終わると、蔵では諸味を搾ってできあがった本味醂に薬草を漬け込む作業がはじまった。蓬や陳皮や高麗人参、クコ、肉桂などを三ヶ月ほど漬け込んで秋には新酒が完成だ。
 木綿子も仕事と介護が忙しく、週に一度、数時間会えればいいほうだ。そのせいか、会えば会うほど二人で過ごす時間の密度が上がっていく。
 俺と木綿子は本当によく歩いた。住み慣れた寺内町の町並みも木綿子と歩けば特別だ。興正寺別院の美しい白壁の鼓楼、アーチ窓の並んだレトロ建築の中内眼科医院。うだつ、真っ白な漆喰壁に黒の腰板、忍び返しなどなど。眼に入る物すべてが美しくて、この町に生まれて木綿子を案内できることを誇らしくさえ思った。
 だが、会って話して歩くだけの関係をもどかしく感じたのも事実だ。先に進めたいと思うが、自分の心臓のこと、互いの年齢などが気になってためらってしまう。せめて、あとすこし若ければ悩むこともなかっただろう。そんな虚しい言い訳をしながら日々を送っている。
 日傘を差し、二人で寺内町を歩く。木綿子は俺の下駄の音が好きだという。
「こつこつという控えめな音を聞いていると、自分の心臓もこつこつ鳴る気がします」
 俺の下駄の音は「カラコロ」ではなく「こつこつ」か。まるでおかしな呪文のようで何度も胸の内で繰り返してしまう。