俺も木綿子もいつの間にか黙り込んでいて、足が止まっていた。うつむいた木綿子の顔は萎れている。互いに別のことを考えていたのだ。どちらもきっと楽しくはないことを。
「木綿子さん。僕にできることならなんでも言ってください。麻子ちゃんが外に出るきっかけになるならなんでも手伝うよ。気楽に遊びに来てくれ、と伝えてください」
「霧さん、ありがとう。でも……」
 木綿子が一旦口を閉ざした。しばらく眼を伏せていたが、やがて顔を上げてこちらをじっと見た。
「霧さん。お仕事の迷惑にならないようにしますから、甘えさせてください」
「もちろんだ。存分に甘えてください」
「ありがとうございます」
 木綿子が深々と頭を下げた。甘えると言いながらもこの堅苦しさ。俺は木綿子の抱える不均衡に胸が痛くなった。痛々しくて、愚かしくて、でも愛しい。
「木綿子さん。もっと甘えてください。今、甘えてくれるやつがいなくて寂しいんだ。剣人も優人が生まれてすっかり大人になってしまったんで」
「そんなことないですよ。剣人君はしっかりしてるけど……でも、やっぱり霧さんに甘えてるように見えます」
「そうか。あいつもまだまだだなあ」
 こんなたわいのない会話が嬉しくてたまらない。木綿子が帰った後も、何度も何度も反芻し続けた。
 

【関連記事】
遠田潤子の小説連載「ひとりゆらめく」第1回
遠田潤子の小説連載「ひとりゆらめく」第12回
遠田潤子の小説連載「ひとりゆらめく」第13回