俺も木綿子もいつの間にか黙り込んでいて、足が止まっていた。うつむいた木綿子の顔は萎れている。互いに別のことを考えていたのだ。どちらもきっと楽しくはないことを。
「木綿子さん。僕にできることならなんでも言ってください。麻子ちゃんが外に出るきっかけになるならなんでも手伝うよ。気楽に遊びに来てくれ、と伝えてください」
「霧さん、ありがとう。でも……」
木綿子が一旦口を閉ざした。しばらく眼を伏せていたが、やがて顔を上げてこちらをじっと見た。
「霧さん。お仕事の迷惑にならないようにしますから、甘えさせてください」
「もちろんだ。存分に甘えてください」
「ありがとうございます」
木綿子が深々と頭を下げた。甘えると言いながらもこの堅苦しさ。俺は木綿子の抱える不均衡に胸が痛くなった。痛々しくて、愚かしくて、でも愛しい。
「木綿子さん。もっと甘えてください。今、甘えてくれるやつがいなくて寂しいんだ。剣人も優人が生まれてすっかり大人になってしまったんで」
「そんなことないですよ。剣人君はしっかりしてるけど……でも、やっぱり霧さんに甘えてるように見えます」
「そうか。あいつもまだまだだなあ」
こんなたわいのない会話が嬉しくてたまらない。木綿子が帰った後も、何度も何度も反芻し続けた。
出典=WEBオリジナル
遠田潤子
作家
1966年大阪府生まれ。関西大学文学部独逸文学科卒業。2009年『月桃夜』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。『雪の鉄樹』が「本の雑誌が選ぶ2016年度文庫ベスト10』第1位、『オブリヴィオン』が「本の雑誌が選ぶ2017年度ベスト10」第1位に輝く。『冬雷』で第1回未来屋小説大賞、25年『ミナミの春』で山田風太郎賞を受賞。他の著書に『銀花の蔵』『イオカステの揺籃』『天上の火焔』などがある。
