大戦末期、戦艦大和とともに沖縄水上特攻を命じられた駆逐艦響は周防灘で触雷、落後する。乗組員の浦賀少尉は、日本の内海すら米軍の機雷で埋め尽くされた現実に愕然とする。
 戦後、海上保安庁で日本周辺の掃海任務にあたっていた浦賀だが、ある日、緊急電により下関へ向かう。そこには多数の掃海艇が集結していた……。当時の日本の難しい立場を背景に約三十年も秘された事実をもとに、日本人にもっと知ってもらいたいと願う直木賞作家の著者が、全力で挑む歴史大作、ここに開幕!


 その日のうちに、泳葉は漁港へ行った。ずっと俯き、前を行く母の袖を掴んでいた。それはそれで奇異な光景だったが、時おりすれ違う警備隊の兵士も警察も、「おかしな母子がいる」としか思わなかったらしい。
 日暮れも近くなったころ、木組みの桟橋にたどり着いた。そこには小さな漁船が繋がれていた。船体はペンキは剥げて木材もささくれ立っていたが、エンジン付きで、男が一人、低い舷側に座って煙草を吸っていた。
 泳葉は振り向く。母は表に漢字が書き連ねた封筒を渡してきた。
「あたしの親類が広島に住んでいる。日本に行ったら頼れ。封筒の表書きは頼る先の住所、中はあたしの手紙と日本円。金のほうは、おまえの広島までの旅費にも使え」
 母は読み書きができない。住所も手紙も誰かに書いてもらったのだろう。住所は広島県の呉市。大阪の片隅と海しか知らない泳葉にも、東洋一の軍港として記憶のある地名だ。
「オモニ」
 言ったものの、続けるべき言葉が泳葉には思いつかなかった。
「前を見ろ、泳葉」
 母の言葉に追い立てられ、泳葉は漁船に飛び乗った。「お世話になります」と男に一礼してから振り向くと、もう母の姿はなかった。
「俺の名前は聞くな。船長とでも呼べ。おれ以外の誰かがいるときは何も話すな」
 船長を自称する男は、煙草を海に投げ捨ててから言った。
「この船はいつも通りの漁に出るふりをして出航し、漁場を通り過ぎて北の小島まで行く。そこで、大阪行きの密航船にお前を引き渡す」
 それから船長は泳葉の肩に手を置いた。
「いちおう言っておくが、俺は一ウォンも受け取らん。おまえのアボジだったか、あの女からもらった金はぜんぶ、密航船に渡す」
「船長はそれでいいのですか」
「俺が生まれ育ったこの島の子よ。おまえも困っている島の子に出会ったときは、どうか助けてやってくれ」
 それきり、話はなかった。漁船は夜に出航し、数時間ほどして無人島にたどり着く。乗り移った船はより大きな漁船で、窓のない船倉には魚と重油の臭い、また一〇人ほどの男女がひしめいていた。誰も何も話さず、騒々しいエンジン音に耳を叩かれながら、密航者たちはじっと耐える。船倉にはブリキのバケツがあり、船酔いの反吐(へど)はそこへ吐いた。用便のときのみ甲板に上がれたが、便所は海に突き出た穴付きの板だった。
「外に出ていい」
 昼も夜も分からかったが一日くらいが経ったころ、船員の声がした。言われるまま、みな甲板に這い上がる。明け方で、陽光が眩しかった。
「あれは日本の五島列島だ」
 船員が指差す先、左舷側の海にこんもりと盛り上がった緑色を、泳葉は呆然と見つめ続けた。
 船はさらに四日をかけ、太平洋側を回り込む。密航に手慣れているらしく、船の出入りが多く陸地も近い大阪湾には夜を待って入った。
 明け方、船は松の木が茂る人気のない浜辺近くで止まった。密航者たちは我先に浅瀬へ飛び降り、足を濡らしながら走ってゆく。泳葉は最後に降りた。ざぶざぶと浅い波を踏んで浜に上がる。振り返ると、密航船はもう後進を始めていた。
 泳葉はふらふらと歩いた。幅の狭い松林を抜けると、田んぼや畑が広がっている。ここがどこか分からないが、密航船が来た方角からすれば、広島まで行く列車が出ている大阪駅はたぶん北のほうだ。明け方だから太陽を右に見ながら行けばいい、などと見当をつけて道を行く。数日の間、揺れる波とエンジン音にずっと悩まされていたから、揺るぎない地面と静かな朝が不思議に思えた。
 やがて人に出くわした。畑へ行く農夫らしい。
「ここ、どこですか」
 農夫に眉をひそめられてから、間抜けな質問をしたと分かった。
「ひとりで歩いて、旅、してるんです。適当に歩いてたら、道、分からんようなりまして。地図くらい持ってきたらよかったて、いまさら後悔してます」
 久しぶりとなる日本語での会話は、さっそく噓八百となった。
「このご時世に呑気というか、無茶しよんな」
 農夫はごま塩の髭が少し伸びた頬を歪めて笑った。悪い人ではないらしい。
「あんた、学生さんか。若者らしい無茶も、戦争が終わった賜物やな」
 農夫に、泳葉は曖昧なうなずきを返した。解放と平和が済州島にもたらしたものは、血なまぐさい混沌だった。それに比べて敗けたはずの日本は、ずいぶんのんびりしている。
「朝鮮かどっかからの密航者かと思たわ」
 何気なく続いた言葉に、泳葉は凍りつく。
「さいきん、多いんやて。兄ちゃん、ズボンのすそが濡れて砂まみれやろ。出くわした時はびっくりしたで、ほんま」
「道に迷った自棄(やけ)で、海を走ってたんです」
 泳葉は笑う。
「若いもんは元気やな。このへんは箱の浦ゆうのや。大阪府の端っこで、南へ行ったらなんぼもかからず和歌山やで。そんで、こっちの道をずっと歩いたら南海の駅があるわ」
 ありがとうございます、と礼を言って別れる。大丈夫だ、と内心で言い聞かせる。密航がばれるはずがない。堂々としていれば、警官に呼び止められるなんてこともない。大丈夫だ。
 駅で切符を買う。三〇分くらい待ち、煙と蒸気を噴きながらやってきた列車に乗ると、野菜を詰めた背負い駕籠を持った行商でいっぱいだった。
 泳葉は列車や市電を乗り継ぎ、下車したのちは足で歩く。目に流れてゆく大阪の街は、懐かしさより驚きがまさった。そこここの店や闇市は食べ物の匂いであふれている。人込みは騒々しいが、銃声の気配など欠片もない。空を淀ませる工場の煤煙すら、焼け野原から復興してゆく街の活力に思えた。済州島とは大違いだった。
 大阪駅で特急券を買い、人でぎゅうぎゅう詰めになっていた三等車に身体を押し込む。広島で乗り換え、呉に行く。母にもらった封筒の表書きを見せ、道を尋ねながらあちこちの角を曲がり、うらさびた地域にある三軒長屋の右端の戸を叩いた。
 出てきた若い女性は、泳葉の顔を見るなり「どなたですか」と低い声で訊いてきた。泳葉は黙って封筒を差し出す。女性は警戒するような手つきで手紙を抜き出して開き、すぐに目を見開き、食い入るように読んだ。それから目に一杯の涙をためて泳葉の肩を掴み、早口であれこれと言った。
「すんません」
 泳葉は謝った。
「俺、一四まで日本で育ちました。朝鮮の言葉は、ゆっくり話してもらわんと分からんのです」
 女性は微笑みながら、何度もうなずいた。
「あたしは宇潤雅(ウ・ユナ)、あなたのオモニの妹です。日本も日本で大変だけど、地主だからとか、山から下りてきたなんて理由で殺されることはない。だから安心して。とりあえず今日はゆっくりしなさい」
 お世話になります、と泳葉は頭を下げた。
 俺、また逃げたんちゃうかな。胸をよぎっていった思いは、一式戦闘機「隼」の形をしていた。               〈つづく〉
 

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