2027年放送予定のNHK大河ドラマ第66作は、『逆賊の幕臣』です。松坂桃李さん演じる主人公・小栗上野介は「江戸幕府の末期を中枢で支えた幕臣」とされますが、名前を聞いたことはあっても、どんな生涯を送った人物なのかよく分からないという方もいらっしゃるのではないでしょうか。幕末維新期が専門の塚越俊志先生は「小栗の生涯を振り返ることによって、日本の近代化の原点が見出せる」と語ります。そこで今回は塚越先生の著書『小栗上野介-「逆賊」とされた開明派幕臣』より一部を抜粋し、小栗上野介の「幕府の命運に殉じた42年の生涯」をお届けします。
小栗の誕生
小栗忠順は、文政10年(1827)6月23日、旗本小栗忠高と妻くに(邦子)の長男として、江戸神田駿河台の小栗邸(東京都千代田区神田駿河台。現在の東京YWCA会館の一帯)に生まれた。幼名剛太郎。同世代としては、同年に西郷隆盛が、4年前に勝海舟が生まれている。のちに深く関わる幕臣の柴田剛中(しばたたけなか)は4歳年長、栗本鋤雲(くりもとじょうん)は5歳年長である。
アメリカ東インド艦隊司令長官ペリー来航までの小栗の主な経歴を見ていこう。天保14年(1843)3月、小栗は12代将軍徳川家慶に初お目見えした。弘化4年(1847)4月、武芸に励んでいることから、御番入を果たした。
小栗忠順邸 『元治再刻 飯田町駿河台小川町絵図』(東京都立中央図書館所蔵)より抜粋。中央の「小栗豊後守」表記区画を小栗忠順の屋敷地と推定。この敷地内に安積艮斎の塾があった(のち移転)。父忠高は通りを挟んで2軒目の「中川飛騨守」家出身である。小栗家の隣家の「滝川三郎四郎」は小栗の幼なじみの滝川具挙。さらに隣の「日下部数馬」は小栗と親戚関係にある。「戸田久助」家は代々鷹匠で、戸田五助邸はここにあり、小栗家と付き合いがあった。(写真:『小栗上野介-「逆賊」とされた開明派幕臣』より)
嘉永元年(1848)10月、江戸城山里丸(城主の別荘として使用されていた)御庭の弓術上覧にて大的皆中(おおまとみなあたり)となり、時服(春秋などの季節に賜った衣服)を得た。
嘉永2年3月、下総の小金原の鹿狩(ししかり)に追駆騎馬で随従した。この鹿狩には父忠高も参加しており、こののち、小栗が人脈を形成する上でも重要な鹿狩だった。嘉永5年3月、山里丸御庭での大的上覧で再び皆中となり、時服を賜った。