1988年から30年以上、紛争下のパレスチナを取材し続けてきた古居みずえさん。しかし2023年10月にイスラエルとの戦争が始まると、外国人ジャーナリストのガザ地区への入域が不可能に。そんななか、古居さんはガザに暮らす2人のパレスチナ女性と連絡を取り、綴ってもらった日記と写真をSNSで配信。その日記は1冊の本にまとめられた。爆撃と劣悪な環境に耐えながら命を繋ぐ現地の状況を、2人の日記を引用しながら伝える
ガザの豊かな文化は今や跡形もなく
私が映画『ガーダ パレスチナの詩』を撮ったのは、およそ20年前だ。映画の主人公であるパレスチナ女性ガーダは当時23歳で、パレスチナ難民第三世代だった。
映画の前半は彼女が結婚し、アラブの古い慣習と闘い、自分の生き方を貫く日々の葛藤を描いたが、後半は第二次インティファーダ(抵抗運動)を境に、ガーダがパレスチナの原点であるナクバ(1948年5月、70万人以上のパレスチナ人が故郷を奪われ難民になった。大災厄という)の体験を祖母の年代の女性たちから聞きとり、次世代に繋いでいこうとするものだ。
映画の舞台となったベイト・ハヌーンは農業地帯で、オリーブやイチジクの木が繁り、緑に囲まれていた。映画には、パレスチナの食事風景や伝統的な詩の朗読、踊りも登場する。
長きにわたるイスラエルの占領下でも、豊かな文化を持つパレスチナの日常を映像に収めたものだった。その風景は今や跡形もなくなっている。一緒に歌い、踊った人たちは今、どこにいるのだろう。