(イラスト:おおの麻里)
国立がん研究センターの統計によると、日本人が一生のうちにがんと診断される確率は男性で65.0%、女性で50.2%と2人に1人。一方で、日本人ががんで死亡する確率は男性で26.7%と4人に1人、女性17.8%と6人に1人となっています。医療が進歩している今、がんの治療後にどう生きるかということも考えておくべきかもしれません。森下あゆみさん(60歳)が罹患したのは「大腸がん」。無事に手術もリハビリも終え、日常が戻ってくると思いきや……

「痔」と思っていたら、直腸がん

「森下さ~ん、手術終わりましたよ~」

私はどこか遠くの夢の世界から話しかけられているような感覚で、「そっ、そうなんですか……」と答えるのが精一杯だった。うっすら目を開けると、85歳の実母と28歳の長女、24歳の次女が心配そうに私の顔をのぞき込んでいる様子。

「私、生きていたんだ。よかった」

喜びと感謝の念が湧き上がり、涙が溢れてきて、「ありがとうございます」と繰り返した。「これで彼に会ってもらえるね」という娘たちの声が、さらに私を現実に引き戻してくれた。

私が痔のせいと信じて疑わなかった肛門部からの出血が激しくなったのは、手術を受ける約2ヵ月前の5月下旬。娘たちの結婚が決まり、舞い上がっていたタイミングだった。

というのも娘たちの結婚は私の人生の最終目標。酒とたばこにうつつを抜かし、健康に無頓着な夫を尻目に、娘たちには絶対に素晴らしい人生を歩んでほしいと、小学校から大学まで塾や通信教育の類に頼らず自分で勉強を教え、収入の安定した職場に就職させた。そして申し分ない相手を見つけた娘たちが、ついに結婚するのだ。

そこへ来てまさかの、「早朝、便器溢れんばかりの真っ赤っ赤大出血事件」である! これはただごとではない、と震えが止まらなくなった。

さっそく内視鏡専門医に電話を入れて予約を取り、丁寧に見てもらった。検査を担当した女性医師は、穏やかな風貌に似つかわしくない激しい口調で、「直腸がんです。それも大きいのが二つ」と言い放った。私が「痔ではないんですか」と尋ねると、「痔もあるけれど、この大出血は直腸の病変部分から流れ出ているの」。見せられたモニター画面には、ゴツゴツした岩肌から真っ赤な溶岩がドロドロと流れ出ているような様子が映っていた。

「先生、どうすれば……」。ようやく絞り出した声で尋ねる私に、先生は一刀両断、「どうするも何も切除するしかないわ。それも即よ! 専門病院に紹介状を書くから、明日にでも行ってね」。

翌日病院を受診すると、CTや血液検査などが段取り良く行われ、2週間後に腹腔鏡で手術が行われることが決まった。そして4時間におよぶ手術は無事成功、冒頭の覚醒シーンに至ったわけだ。