今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『狂女たちの舞踏会』(ヴィクトリア・マス著、永田千奈訳/早川書房)。評者は詩人の川口晴美さんです。
今では考えられないことの中に今も続く痛みが
フランス、パリ十三区にあるサルペトリエール病院は、十九世紀末には精神病患者という名目で〈「ふつう」ではない女性〉が家族や社会から捨てられ、監禁される場所だった。その史実をもとに書かれた小説である。
舞台は一八八五年のサルペトリエール病院。愛する妹を亡くして以来、医学の進歩に尽力して生きる看護婦ジュヌヴィエーヴが何人もの女性の世話をしている。性的虐待を受けた若いルイーズ、売春婦だったテレーズ、エーテルを欲しがるカミーユ……。彼女たちの何人かは定期的に〈シャルコー先生〉の講義に参加し、ヒステリー患者として人前で催眠療法を受ける。実在の神経科医ジャン=マルタン・シャルコーが行った公開講義を踏まえたエピソードだ。
同じ街で暮らすブルジョワ一家の娘ウジェニーは、利発な十九歳。権威主義的な父親への反発や独立心は上手に隠していたが、十二歳の頃から死者の霊が見えることをあるとき祖母に打ち明ける。それが父親に知られ、家名に疵がつくことを恐れた父親と兄によってサルペトリエール病院へ無理やり入院させられてしまう。
時は三月、パリのエリートを招いて開かれる恒例の舞踏会が目前に迫り、病院はお祭り騒ぎとなっていた。この舞踏会、十九世紀末に実際に開かれていたというから驚かされる。「ふつう」の人々は彼女たちを危険でエロティックな珍獣として見物することを楽しんだのだ。狂乱の中、病院を脱出しようとするウジェニーと、ウジェニーが幻視した妹の姿に心をかき乱されるジュヌヴィエーヴ、さらに何人もの運命が交錯する。
今では考えられないことの中に今も続く痛みがある。「ふつう」とは何か、理解し難い他者と敬意を持って共生するにはどうすべきか、さまざまに考えさせられる。