2021年12月、大分県別府市と九州大学の実証研究で、「温泉には特定の病気のリスクを下げる効果がある」と発表された。温泉入浴で腸内細菌が変化し、免疫力にいい影響を与えるというものだ。温泉の本質を知り、より効果的に入浴すれば、効果もUP!? 
また、旅に出られなくても、温泉の豆知識を得ることで、湯けむりに思を馳せ、癒しを感じることも…。消化器外科医・温泉療法専門医であり、海外も含め200カ所以上の温泉を巡ってきた著者が勧める、温泉の世界。安心して、どっぷりと浸かってみてください。
※本記事は『秘湯マニアの温泉療法専門医が教える 心と体に効く温泉』(佐々木政一、中央新書ラクレ)の解説を再構成しています

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文豪が愛した名湯

温泉地(以下温泉と表記)で執筆した作家、温泉で療養を行った文豪、旅と酒を愛し温泉を訪ねた歌人・詩人等、日本特有の温泉風土を舞台背景にして、書き上げられた文学作品はとても多い。これは、世界を見渡しても珍しい。日本各地の温泉を舞台にした文学作品を紹介しよう。

●伊香保温泉(群馬県渋川市伊香保町)
徳冨蘆花『不如帰』

伊香保温泉は群馬県榛名山の北東側、標高700メートルの高所に湧く歴史の古い温泉で、365段の急傾斜の石段の両側に旅館や土産物店、飲食店が軒を連ねる。石段の下には黄金の湯の源泉が流れ、各旅館に分湯。石段の途中には共同浴場「石段の湯」もある。

伊香保温泉は徳冨蘆花の名作『不如帰(ほととぎす)』の舞台である。

「上州伊香保千明(ちぎら)の三階の障子開きて、夕景色を眺むる婦人。年は十八九。品好(よ)き丸髷(まげ)に結いて、草色の紐つけし小紋縮緬(ちりめん)の被布(ひふ)を着たり」

と冒頭で紹介されるのがヒロインの浪子。陸軍の片岡中将の娘・浪子は、夫の海軍少尉・川島武男と結婚したばかりで、二人は新婚旅行で伊香保温泉に来ている。浪子は、実家の冷たい継母、横恋慕する千々岩(ちぢわ)、気難しい姑に苦しみながらも夫・武男との幸福な結婚生活を送っていた。しかし、武男が日清戦争に出陣している間に、浪子は肺結核を理由に離縁を強いられる。夫を慕いつつ、

「――あああ、人間はなぜ死ぬのでしょう! 生きたいわ! 千年も万年も生きたいわ! 死ぬなら二人で! ねエ、二人で!」

「ああ辛い! 辛い! もう――もう婦人(おんな)なんぞに――生れはしませんよ。――あああ!」というせりふを残し死んでいく。これは近代文学を代表する名ぜりふ。家庭内の対立と軋轢(あつれき)、伝染病に対する偏見等にはばまれた、明治時代ならではの物語である。

伊香保の名は今では伊香保町の町名が残っているだけであるが、遠い昔にはもっと広い榛名山一帯を指していた。伊香保温泉の発見は1900年前とも1300年前とも言われ、万葉集には9首の歌が収められている。