女の子の初節句に縁起物を飾って
筆者が20年ほど前の春先に伊豆の稲取へ旅行した時のこと。町の店先に愛らしい布の細工物がいくつもぶら下がっているのを見て、「この辺りではこういう風習があるのか」と珍しく思った記憶がある。地方の伝承だった「つるし飾り」が、観光と結びついて全国的に知られるようになったのが、ちょうどその頃だったのだろう。
そもそもつるし飾りは、布で手作りした縁起物をひもで繋げて女の子の初節句に飾り、健やかな成長を願ったことが始まりだという。今では雛まつりに限らず、1年を通して和のインテリアとして親しまれるようになっている。
その作家の1人であり、ちりめん細工の教室を主宰する矢島佳津美さんを訪ねて、鎌倉駅からほど近い古布の店「鎌倉かぐら」へ出かけてみた。店内ではつるし飾りの作品とともに、棚いっぱいに収められた美しい古布に目を奪われる。矢島さんのつるし飾りは、こうした趣ある古布を組み合わせることで《世界に一つ》の魅力を放っているのだ。
「古い着物をほどいて洗って使うことが多いですね。柔らかくて、縫いやすい。明治から昭和中頃までの着物は、絹の品質だけでなく、色も柄も華やかで、作品にしても映えるんです」(矢島さん。以下同)
●稲取「雛のつるし飾り」(静岡)
女の子の初節句に、雛壇の両脇に無病息災・良縁を祈願してつるしたもので、かつては庶民の雛壇代わりでもあった。5本のひもにそれぞれ11個・計55個の飾りを縫いつけ、一対で飾る
●柳川「さげもん」(福岡)
細工物とともに、柳川まりと呼ばれる手まりをつるすのが特徴。7本のひもに7個ずつ下げた49個と、中心に大まり2個の計51個を一対で飾る。「人生50年」の時代に、女性は一歩引いて49としながら、1年でも長生きしてほしいという願いが込められた
●酒田「傘福(笠福)」(山形)
先端に幕を張った和傘の内側に、縁起の良い飾りをつるすのが特徴。古くから傘の中には魂が宿るとされ、子どもの成長や家族の幸せを願って細工物をつるした