「幸せを願って作る」ことの大切さ
現在は鎌倉と東京の教室、複数のカルチャーセンターでちりめん細工とつるし飾りを教えている。
「今は動画サイトもありますし、手縫いに慣れた人ならひとりで本を見て作れると思います。コロナ禍で家にこもる人も多いでしょう。でもやっぱりね、こういうお細工物は江戸時代から女性たちが集まって、あれこれおしゃべりしながら手を動かしてきたものなんです。うちの教室にも、それが楽しくて通っている生徒さんもいらっしゃいますよ」
11年の東日本大震災の後には被災地へ。支援物資の中に入っていた着物や反物の使い道はないかと聞かれ、「岩手の郷土玩具・チャグチャグ馬コのちりめん細工を考えて、盛岡に避難されている女性たちに作り方を教えました。道の駅などで販売し、売り上げの一部が彼女たちの収入になります。でも、それ以上に、『みんなで集まってしゃべるのが楽しかった』と喜んでもらえたのが嬉しかったですね」
その時印象に残っているのが、「手を動かしていると、つらいことも忘れられるから」という言葉だったそうだ。「私自身も闘病生活で同じことを感じていました。手仕事にはそういう効果もあるんです」。
矢島さんにつるし飾りにあしらう縁起物の由来を教わっているうち、「幸せを願って作る」ことの大切さを感じた。桃は気を払って幼子を守るため、犬は安産、海老は腰が曲がるまでの長寿、ぞうりは子どもが早く歩けるように――。そうして周囲にいる誰かの幸福を願って、一針一針縫う。その思いも、まだ浅い春の景色にぽっと明かりを灯すのではないだろうか。
今年も桃の節句に合わせて各地でつるし飾りのイベントが開かれるだろう。その土地ごとの細工物を見て歩くのも、きっと素敵ではないか。