(提供:『すみれの花、また咲く頃』)
109年の歴史を持つ宝塚歌劇団。タカラジェンヌたちが退団後に選んだ道とは? 劇団の機関誌『歌劇』のコーナー執筆を8年にわたって務めた元宝塚雪組の早花まこさんが、彼女たちの思いに迫ります。雪組で男役スターとして活躍し、3児の母となった夢乃聖夏さん。宝塚時代も太陽のような明るさで周りを支えていた夢乃さんの昔と今の姿とは――。

なんでもテキサス

かつて男役を極めたことは、今の生活で役立っていますか? 

そう問いかけると、夢乃さんはきっぱりと言った。

「いいや。なんの役にも立ってないわ」

困ってることならあるよ、と、彼女は続けた。公園の砂場で子どもと遊んでいると、無意識のうちに足が広がっている。素敵な親子写真を撮っても、写真を見ればいつも男らしく仁王立ち。

かろうじて役に立っているのは、「声が大きい。着替えと化粧が速い。入浴も、食事も異様に速い」ということ。宝塚ではいつも時間に追われていたし、団体生活を守るために予定時刻より早めの行動が徹底されていたのだ。

「子どもの幼稚園では、うちだけ常に『5分前行動』しちゃう。そんなことしなくて良いのに、なかなか変えられないよね」

今の夢乃さんの口癖は、「子育てはテキサス」。「テキサス、テキサス、なんでもテキサスだー!」と繰り返す彼女をしばし黙って見守っていると、ようやく説明してくれた。

彼女の中でテキサスは、「自由、広い、なんとかなる」というイメージで、のんびりと子育てをしたくてつい口にしてしまう。だが、実際は些細なことが気になって、なかなかそうはいかないという。

雪組にいた時も、夢乃さんは、舞台での技術や見せ方に細かく気を配る方だった。おおらかな人柄と繊細な配慮を併せ持っていた彼女だが、組替えをしてすぐに、そのキャラクターを大いに発揮することになる。