母から見た息子の姿

孝子が言うには、小林は帰国するたびに、今では夫が亡くなり、孝子が独りで住む西宮の実家に時間が許す限り立ち寄るという。アメリカにいる時は毎日一回、オンラインで安否確認の連絡が入る。そんな息子だ。

「私には息子の仕事のことはさっぱりわかりません。でも、聞けばいろいろと教えてくれるんですよ。いつだったか、ふと、こんなことを言っていました。医学と化学と物理学が一緒になった世界は美しいんよと。きっと自分の研究で何かをつかんだ後のことだったんでしょう。普段よりずいぶんとしゃべっていましたし、取り組んでいる仕事のことを丁寧に話してくれました」

推測に過ぎないが、それはおそらく、光免疫療法が世に出る前後のことだったのではないか。

「その時、ああ、私には分かり得ないその場所に、あの子の世界が広がっているんだなあと印象深かったです」

 

※本稿は、『がんの消滅――天才医師が挑む光免疫療法』(新潮社)の一部を再編集したものです


がんの消滅――天才医師が挑む光免疫療法』(著:芹澤健介、監修:小林久隆/新潮社)

なぜ「天才」なのか
どこが「ノーベル賞級」なのか


原理はシンプル――だがその画期的機構から「第5のがん治療法」と言われ、
世界に先駆け日本で初承認された「光免疫療法」。がん細胞だけを狙い撃ち
し、理論上、「9割のがんに効く」とされる。数々の研究者たちが「エレガ
ント」と賞賛し、楽天創業者・三木谷浩史を「おもしろくねえほど簡単だな」
と唸らせた「ノーベル賞級」の発見はなぜ、どのように生まれたのか。
「情熱大陸」も「ガイアの夜明け」も取り上げた天才医師に5年間密着、数
十時間のインタビューから浮かび上がる挫折と苦闘、医学と人間のドラマ。