愛娘の決断で「転院」へ
3月31日。悠希と瑞希、2人の娘とともに、僕は再告知の場に臨みました。
3人で診察室に入っても、ドクターはいつも通り、チラリとも視線を向けてきません。
「お体の具合はどうですか?」なんて言葉もありません。
もう慣れっこです。
初めて告知した時と寸分違わぬ動きでモニターを眺めたまま、「肺がん、ステージ4……」と話し出す医者の目の前に、姉の悠希が何かをポンと置きました。
ICレコーダーだ!
「な、何ですか」
驚きの色を浮かべたドクターに、悠希が鋭く切り返します。
「私どもは医学知識がないものですから、念のために録音させてください」
さらに、事前にみっちり準備してきた質問リストを基に、現在のがんの状況について詳しい聞き取りを開始しました。
ドクターと悠希の間で、専門的な医療用語が飛び交います。
「わかりました」
一通りの説明を聞き終えた悠希が凜(りん)として放った次の言葉に、今度は僕が仰天する番でした。
「父は、がん専門の病院で診てもらうことにしますので、どこか紹介してくれませんか?」
「……それは、セカンドオピニオンということでしょうか?」
思案しつつ尋ねたドクターに、悠希はキッパリ告げたのです。
「いいえ。病院を変えるということです」
事前に彼女からの相談はなかったし、転院など思いもよらぬことだったけれど、僕は全面的に従うことにしました。三ツ木清隆くん(中高年アイドルグループ「フォネオリゾーン」のメンバー)の「少しはジタバタしなよ」という言葉も後押ししてくれたのかもしれません。
ドクターが挙げた病院は、東京都江東区の「がん研有明(ありあけ)病院」と、横浜市旭区の「神奈川県立がんセンター」の2施設でした。
自宅から通いやすいのは、後者のほうです。
がんセンターへの紹介状と各種検査等の情報共有を約束したドクターは、最後に、
「有名人や芸能人みたいな人は、ここでは治療しないで、もっと名の知れた病院に行きますよね」
僕たちに、そう言いました。
悠希は診察室に入った瞬間に、転院を決めたそうです。
「あのお医者さん、私たちのほうをまったく見なかったでしょ? ずーっとモニターに目を向けていた。許せなかったの、私」
娘2人は迅速に転院手続きを進め、その日のうちに県立がんセンターにアクセス。
初診は4月8日と決まりました。