簡素な記号の背後に思いを致すことの大切さ
神社仏閣の境内によく見られた今はなき記号といえば、まずは「灯籠(とうろう)」であった。大きな神社仏閣では信徒が寄進した大きな石灯籠が参道の両側に連なっている様子が、これも旧版地形図では丹念に描かれていて面白い。
「高塔」に合併されて姿を消した「梵塔」の記号も有力な寺院ではよく見かけたものだ。
寺の境内では今もよく目にするのが「墓地」の記号で、墓石の側面形を単純化したものである。広い墓地であれば記号を等間隔に並べて景観を伝え、著名人の墓地が単独で存在する場合には記号1個で表示している。
デザインは日本式の墓石に由来するが、函館や横浜の外国人墓地のキリスト教徒の墓もこれだ。
そういえば20年ほど前に地名の取材で佐賀県の馬渡島(まだらしま)へ行った際、その東端の高台にある小さな天主堂にお邪魔したが、傍らには信徒の墓地があった。そこに並んでいたのは日本式の墓石の上に十字架を載せた独特な形。
もちろん地形図では同じ記号が置かれているに過ぎないが、そこには苦難に満ちた隠れキリシタンの歴史が蓄積されている。
簡素な記号の背後に思いを致すことの大切さを思った。
※本稿は、『地図記号のひみつ』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『地図記号のひみつ』(著:今尾恵介/中央公論新社)
学校で習って、誰もが親しんでいる地図記号。地図記号からは、明治から令和に至る日本社会の変貌が読み取れるのだ。中学生の頃から地形図に親しんできた地図研究家が、地図記号の奥深い世界を紹介する。