『東京物語』を見て衝撃を受けた
そこで私は「ヴェンダースが小津ファンである」ということに立ち戻るべきではと思ったのである。
さて、皆さんは小津安二郎の映画を見たことがあるだろうか。多くの日本人は「小津はいいよ、美しかった日本を見られる」と、まるで夢見ごごちに語るのだが、私はその代表作と言われる『東京物語』を見て、衝撃を受けた。とにかく登場人物が酷い。
『東京物語』は、「平山周吉」という、東京の子どもたちを訪ねて広島から出てきた老父が主人公だが、戦後から復興途中の日本の中で、いかに日本人の「心」が失われていくかを描いた痛切な映画であった。
東京観光に来た老夫婦、平山周吉と、その妻・とみだが、平山医院を営む長男・幸一も、美容院を営む妹も、日々の仕事に追われ、両親の相手をほとんどしない。
両親に優しいのは戦争で亡くなった弟の妻(原節子)ただ1人で、あとの兄弟は親の面倒なんて見ていられぬと、両親を熱海旅行に「追いやり」、東京観光で疲れ果てた老母は、帰りの新幹線で体調を崩し、広島につくや亡くなる。葬式の時に涙する家族もほとんどいず、淡々たる事この上なし。
小津安二郎とは「家族の解体」、「日本人の心の喪失」という痛い問題を抉り出した人なのだ。その小津を称えるこのドイツ人監督が、今の日本を批判しないはずがあるまい。