ずっと家にいると夫との闘病生活を思い出し、話す相手がいないため鬱々としてしまう。そう思ったので、夫の初盆の後、アルバイトを探し始めた。
まだ一周忌も迎えていないのにと反対する親類もいた。けれど、仕事に行くことが悲しみから逃れる一歩になる、と前向きに決心した。
その決断自体は間違っていなかったと思う。しかし、まさか新しい職場で8歳も年下の上司に恋をしてしまうことになるとは。結婚して子どももいる男性である。
コロナ下に出会ったのでマスク姿しか見たことがなく、顔の全容は知らない。彼の素敵なところは、デスクに座る姿の美しさ。体形は中肉中背で、少し白髪がある。夫にはないスタイルの良さが、実家の父と重なって見えたのかもしれない。
慣れない私の仕事をさりげなくカバーしてくれるやさしさに、だんだん彼を意識し始めた私がいた。こんな経験は、初めてだった。
それから1年以上も片思い。中学生も同然である。この秘密は仕事を辞めるまで、いや墓場まで持っていくつもりだった。
ところが彼が退職することがわかり、自分の気持ちが抑えられなくなったのである。分別ある行動とは言えないと今は思う。
生まれて初めて、自分の気持ちを伝えると決心し、悩んだ末、チョコを手渡すことにした。バレンタインデーの日、勇気を出して「義理チョコではありません」と上司に告白した。
私の片思いの日々と告白に後悔はない。私にも《女》が眠っていたと実感できたから。ホワイトデーのお返しはなかったが、夫と上司の2人分のチョコを買った日のことは生涯忘れないだろう。