ソンウさんの幼少期
ソンウさんがそうだった。
断るのが苦手なソンウさんは常に周りを気にかけて、人が嫌がる仕事もいとわず引き受けるので、どこへ行っても歓迎された。
ところが、とある集まりで人から出しゃばりだと陰口をたたかれたことから、体がずしんと重くなってしまった。
さらに、自分を非難する人たちへの怒りで夜も眠れなくなったという。
カウンセリングの中で幼少期について尋ねると、彼はいつも、何の問題もない幸せな幼少期だったと主張した。
ところが、どういうわけか中学校に入るまでの記憶はほとんどないという。
その話を聞いた私は、言葉を選びつつこう尋ねた。
「もしかして、それ以前のことを思い出すのがつらいからじゃありませんか?」
それでも彼は頑なに、自分は本当に幸せな家庭で、特に変わったこともなく育ったと言い張った。
しかしカウンセリングが進み、記憶を押さえつけていたものが外れていくと、彼は幼少期のつらい記憶を1つ2つと思い出し始めた。
彼の母は望まぬタイミングで彼を身籠っていた。そのため彼は祝福されることなく生まれ、無愛想な父と病気の母の下で育った。
父はささいなことで急にカッとなるため、常に顔色をうかがう必要があった。
一方、病弱な母については幼い頃から家のことを代わりにやりつつ黙々と守らなければならなかった。
彼は結婚した今も、毎週実家に立ち寄って泊まりがけで家事を手伝っている。そのせいで妻との関係もあまり良好ではなかった。
和やかで平穏な幼少期――それは事実ではなく夢物語だった。
それでも彼は今までずっと、その事実を否定して生きていた。
彼は温かな家庭を夢みた。
両親からたくさんの愛情を注がれながら両親を喜ばせられる自慢の息子になりたかった。
だから母を守り、父の機嫌を取りながら頑張ってきたのだ。
それなのに孤独でつらかったという事実を認めてしまったら、これまでの努力と時間がすべて水の泡になるだけでなく、抑えこんできた両親への怒りまで噴き出しかねない。
彼はそういう理由から幼少期の自分の実像を否定して、そこから目を背け、そそくさと傷に蓋をした。まるで傷などなかったかのように。