なにかと気を使ってくれる優しい人で、まもなく食事に誘われて。まだ22歳で女性とほとんどお付き合いしたこともなく、痴楽師匠に「次のデートはいつ誘ったらいいものなんですかね」などと相談したりしていたそうです。
私がバツイチであること、子どもがいることは伝えましたが、交際することになりました。いつもグループデート。「部屋にいるやつ、みんな来い!」と、十数人を一斉に集めるんです(笑)。仲の良かったノブちゃん(格闘家の高田延彦さん)とは、旅行にもしょっちゅう行きましたね。千秋楽翌日からのグアム旅行が定番でした。
寺尾は父である先代から、30歳まで結婚を禁じられていました。これは井筒部屋の伝統というか、決まりごと。先輩関取たちの中には、「師匠に結婚報告した時には、もう子どもが小学6年生になっていた」という方もいたのだとか。(笑)
10年ほどワイワイと楽しく交際し、息子と暮らす部屋に通ってきてくれていたので、私は結婚にまったくこだわっていませんでした。でも私が38歳になった時、年齢のことを考えたのか、寺尾から「子どもを作ろう」と言われて。40歳で次男を出産したのを機に、結婚しました。
子煩悩で、「自分以外に大切なものが初めてできた」と言っていたそうです。最期まで、携帯電話の待受画面は幼い頃の次男の写真でした。
性格は、とにかく真面目で繊細。弟子やその家族の誕生日をすべて手書きで表にして、事務所に貼っていました。
日頃の会話では、「死んだらどうなると思う? 魂はどうなると思う?」というようなことをしょっちゅう口にしていましたね。私はこの通りの性格ですから、「うーん、考えたことはあるけど、そんなの小学生の時だったよ?」と返してしまう始末(笑)。
知人が亡くなると落ち込みがひどく、鬱っぽくもなる。17歳で最愛の母を亡くしていたからか、死に対する恐怖が常にあったような気がします。